『遍路の風景』 |
ここの民宿の前で、たまたま会っただけなのに、なぜか長話をしてしまったあの二の腕の太い、話し好きなおじさんはお元気だろうか? 当時は民宿の手伝いをしていると聞いた。以前は金平庵の管理や修繕をしていたとか。へえー! である。 要するに泊まっていったら? という遠回しのお誘いだったのだろうが、当時のオイラはまだそれが分かるほど気持ちにゆとりがなかった。先を急いでいた。 この先泊まれるところも、飯食えるところもないよーと、言いたかったのだろうが…。 「岬」といえば聞こえはいいが、要するに地の果てであり、そこより先にはもう海しかない、どん詰まりなのである。そこが足摺岬なのである。 |
時刻はすでに夕方5時近くなっていた。今夜は宿に泊まるように、電話で予約しておいた。10日ほど前に、田野の善根宿「ととろっと」に泊めさせてもらったのだが、その時、親父さんに、「うちによく来ていた人で、最近宿を始めたから、是非泊まってやってください」と、勧められていた。詳しいことは何も知らなかったが、なんとなく良い予感がしていた。以布利のおへんろ宿「草草(くたくた)という。 夕闇が足早に迫っていた。目と鼻の先まで来ながら、場所が分からなかった。めずらしく歩いている人がいたので、道を尋ねた。わかりやすいように郵便局を聞いたのがかえって良くなかった。通り過ぎて以布利港の方まで行ってしまった。全然違う感じがした。しょうがない、電話した。郵便局の前の橋を渡ったバス停の隣だそうで、橋は今工事中だから少し回り道をするそうだ。 「みんなの地図」にはバス停が載っていないし、まだできたばかりの宿だからそもそも載っていない。分からなかった。申し訳ないと思ったが、また電話した。丁寧に教えてくれた。目の前だった。建物が民宿風ではなく、ふつうの住宅だった。こういう一般住宅の場合、探すのはかなり難しい。 三階建ての家だった。「草草(くたくた)」と書かれた小さな看板が掛かっていた。ホッとした。玄関のインターホンを鳴らすと、すぐに中から女の人が出てきた。 私は女の人の顔を見て、「あっ!」と思わず声を上げそうになった。 その人の顔には明らかに見覚えがあった。どこかで会ったことがある人だった。 (つつく) |
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